スマートフォン着せ替え
スマートフォンがその利用シーンを急速に広げている。電話機やネット端末としてだけでなく、「POS端末」「オーダー端末」といった、従来は専用端末が果たしていた役割まで担うケースが出てきた。専用端末よりも安価であるのに加えて、クラウドと連携する仕組みを標準で備え、機能追加も容易であることが評価されている。「専用スマートフォン」の実態を追う。
スマホがロボットに
Google Developer Day 2011
スマートフォン(スマホ)がロボットになった。横浜市のパシフィコ横浜で11月に開催されたグーグルの開発者向けイベント「Google Developer Day 2011」に登場した「ネコ店長」がそれだ。
ネコ店長
ネコ店長は、Androidスマートフォンを内蔵する。スマートフォンのGPS(全地球測位システム)機能を利用して、自身の現在位置を調べる機能を搭載する。スマートフォンの通信機能を生かし、インターネット上のサーバーとデータをやり取りすることも可能である。もちろん、移動機能もある。操縦者がPCやスマートフォンなどを使って行き先を指定すると、その情報はサーバーを経由して、ネコ店長に送信される。ネコ店長は現在地から目的地に向かって、自動的に歩く仕組みだ。
アールティ
アールティはロボット開発やコンサルティングを手掛ける。ネコ店長は技術検証の一環だ。
専用スマートフォン
このように、スマートフォンやタブレット端末を従来とは異なる発想で活用する取り組みが相次いでいる。これまでは専用の電子機器、専用端末が担っていた機能を、スマートフォンで代用しようという、いわば「専用スマートフォン」である。
farmbox
ブリリアントサービスが開発した植物工場管理システム「farmbox」もその一つだ。野菜を照らすLED照明をスマートフォンでコントロールする。専用のアプリケーションをスマートフォン上で動かし、USBケーブルで接続した照明を制御する仕組みだ。現在稼働しているテスト環境では、グーグルと台湾HTCが開発したAndroid搭載スマートフォン「Nexus One」を制御用端末として使う。
POS端末や車載端末など
ロボットや植物工場とまでいかなくても、POS端末や車載端末など企業にとって身近な業務用端末に、スマートフォンや、スマートフォンが搭載する技術を応用する事例が増えている。その理由は、大きく三つある。
価格は3万~5万円程度
一つは、価格の安さだ。3万~5万円程度で、高精細なディスプレーとバッテリー、通信機能、カメラ、アプリケーション実行環境などを備えた端末が入手できる。
アプリ開発
二つめは、アプリケーション開発のしやすさだ。従来の専用端末は、ハードウエアの仕様や開発環境が独自のもので、端末メーカー以外がシステム開発や機能追加を手掛けることはほぼ不可能だった。スマートフォンの場合、開発者向けに仕様が公開されてるほか、開発ツールやノウハウも潤沢だ。スマホ開発に慣れたエンジニアが増えてきたことも利点だ。
サーバーからテンプレートをダウンロード
スマートフォンはネット接続を前提とした端末である。インターネットに接続する機能や、アプリケーションを追加インストールする仕組みを標準で備えていることも、開発のしやすさにつながっている。例えば、ブリリアントサービスのfarmboxは、スマートフォン上のアプリが、カメラ機能を使って撮影した野菜の写真データを定期的にサーバーに送信する機能を備える。今後は、サーバーから高品質な野菜を栽培するためのテンプレートをダウンロードする機能も追加する。従来ならこういった機能は一から開発しなくてはならなかったが、スマートフォンならそれほど開発に時間はかからない。
無線LANやBluetoot
三つめは、機器連携のしやすさである。スマートフォンを専用端末として使う上では、センサーやプリンターなどの機器との連携は不可欠だ。スマートフォンは、無線LANやBluetooth、有線ケーブルなどを使い、様々な機器と連携する機能を標準搭載している。
Android
Android Open AccessoryとAccessory Development Kit(ADK)
特にAndroidは、機器連携の機能強化が急速に進んでいる。米グーグルが2011年5月に、Android端末と外部機器の連携規格「Android Open Accessory」と、開発ツール「Accessory Development Kit(ADK)」を発表。機器連携の実装が容易になった。ネコ店長やfarmboxも、このADKを利用して開発された。
では「開発のしやすさ」「機器連携のしさすさ」を生かした専用スマートフォンとはどのようなものか。さらに事例を見ていこう。
アプリ間連携のAPIを標準で備えている
「Androidは、アプリを追加する仕組みや、アプリ間連携のAPIを標準で備えている点で、従来よりも開発しやすかった」と、カシオ計算機 システム事業部第二開発部の園山祐司部長は話す。カシオはこの12月に、カシオとしては初めてAndroidをOSとして搭載したPOS端末「VX-100」の出荷を開始した。
App Store
主に、飲食店や衣料品店などの店頭に置いて使う、レジ端末である。ただしカシオは、この端末を「店舗支援端末」と位置付ける。売り上げ管理以外にも、様々な機能を追加できる仕組みを備えているからだ。AndroidマーケットやApp Storeからアプリをダウンロードするのと同じ仕組みだ。
VX-100
VX-100が標準で搭載するのは、「売上管理」のアプリ。さらにAndroidに標準で搭載されているメールクライアントやWebブラウザーなども利用できる。これに加えて、利用企業が必要に応じてアプリをダウンロードし、使う仕組みを用意する。
「予約管理」「Eメール遠隔操作」
具体的には、「顧客情報管理」「予約管理」「Eメール遠隔操作」などのアプリを提供する。顧客情報管理アプリは、常連客の情報を管理し、来店頻度や利用額などを分析できる。予約管理アプリは、飲食店などで顧客からの予約情報を一元管理する。
Eメール遠隔操作アプリは、VX-100のメール送受信機能を利用して、遠隔からその時点の売り上げ情報などを取得できる。店舗のオーナーが外出先などからメールを送ると、それをVX-100が受信し、売り上げ情報などを自動的に返信する仕組みだ。このほかにも、利用企業の要望があればアプリを追加・提供する。
専用端末をユーザー自身で開発
ユーザー企業自身でアプリを開発できることも、専用スマートフォンの特徴の一つだ。
スマートe-trasus
日立ソリューションズと日立オートモーティブシステムズが12月1日に開始した、商用車向け勤怠管理サービス「スマートe-trasus」では、タブレット端末を利用した車載機と、既存の業務システムとの間でデータを送受信する仕組みを構築できる。
Androidタブレット端末
スマートe-trasusは、営業担当者やフィールドサービスのエンジニアが乗る自動車に車載機を取り付け、運転履歴や勤務状況を管理するクラウドサービスである。スマートフォンよりも大きい画面のほうが操作しやすいため、車載機にはAndroidタブレット端末を使用する。日立ソリューションズが動作確認した機種であれば、どれでも利用できる。
カーナビで移動履歴
専用アプリ「スマートナビアプリ」をインストールし、カーナビゲーションシステムのように車内に設置して使う。車載端末は移動履歴をサーバーに定期的に送信するほか、ナビゲーションシステムとしても機能する。
カスタマイズするためのAPI
最大の特徴は、車載端末をカスタマイズするためのAPI群を提供していることである。企業がこのAPIを利用して自社でアプリを開発することで、UIを変更したり、既存システムから取得したデータを端末画面上に表示したりできる。例えば、既存のCRM(顧客関係管理)システムと連携するアプリを開発し、車載端末の地図画面上に過去の訪問履歴を重ねて表示するなどの機能を追加できる。
音声で外部機器と連携
もう一つ、スマートフォンを「専用端末化」する上では、様々な外部機器と連携する機能を標準搭載していることも大きなポイントとなる。無線LAN、Bluetoothといった無線技術や、USBケーブルを通じて、様々な機器と連携できる。複数の機器と連携することもできるため、従来の専用機よりも機能拡張や変更がしやすい。
実際にどのような方法で外部機器と連携すべきかは、実現したい専用端末の特性による。
ガイヤージャパン
iPhone向けの「iGAMMA」
スマートフォンを利用した放射線測定装置を販売するガイヤージャパンは、イヤホンジャックを利用してスマートフォンと放射線測定用センサーを連携させる。センサーが計測したデータは音声データとしてスマートフォンに送信される。それをスマートフォン上のアプリが解析する仕組みだ。ガイヤージャパンは、Android向けの「AndroBeta」と、iPhone向けの「iGAMMA」を販売する。
イヤホンジャック
イヤホンジャックを利用する理由について片平宣統代表取締役社長は、「AndroidについてはUSBケーブルによる接続方法も検討したが、機種やOSのバージョンによって、方式が異なるケースが多かった」と話す。
片平宣統社長
Bluetoothも検討したが、電力消費量が多いのが難点だった。放射線測定装置は、計測結果のばらつきを排除するため、数分間連続で動作し計測する。このため、なるべく消費電力を抑える必要があった。その点、「イヤホンジャックを利用する方式なら機種による違いが小さく、消費電力も小さい」(片平社長)と判断した。
NTTドコモの「呼気計測によるダイエット支援システム」
FeliCaをデータ通信に応用
Bluetoothによる連携が適しているケースもある。NTTドコモが開発した、「呼気計測によるダイエット支援システム」はその一例だ。呼気に含まれるアセトンの量を計測することで、身体が体脂肪を燃焼しやすい状態かどうかを判定するシステムだ。小型の呼気計測装置をスマートフォンに連携。スマートフォンのアプリがアセトンの量に応じた判定結果を表示する。
有線より無線
連携方式には、Bluetoothを採用した。計測時間は数十秒と短く、長時間継続して利用することはまずない。ジョギングなどの際に使うことを想定すると、有線よりは無線のほうが使いやすい。
着せ替えセンサジャケット
NTTドコモは、FeliCaを使った機器連携も実現済みである。一部のスマートフォンが搭載するFeliCaチップを利用して、データを送受信する「着せ替えセンサジャケット」がそれだ。
スマートフォン用カバー
センサジャケットは、スマートフォン用カバーの形状をしている外部機器。放射線センサーを搭載する「災害対策センサジャケット」、体脂肪計を搭載する「健康管理センサジャケット」、口臭センサー、アルコールチェッカー、UVチェッカーの3センサーを搭載する「女性向けセンサジャケット」の3タイプを開発済みである。それぞれ、スマートフォンで動作する専用アプリと連携し、計測結果をスマートフォンの画面上に表示する。
チップ部分とリーダーの位置が合うように設計
データのやり取りは、スマートフォンの背面に組み込まれたFeliCaチップと、センサジャケット内部のFeliCaリーダー間で実施する。センサジャケットをスマートフォンに装着すると、チップ部分とリーダーの位置が合うように設計した。
NFC(近距離無線通信)にも対応へ
「Bluetoothも検討したが、接続時に設定操作が必要になるのが難点だった。センサジャケットは用途に応じて着せ替える方式なので、そのつど、ジャケットの種類をスマホ側で設定し直すのは実用的ではない。そこで、こういった操作が不要なFeliCaを採用した」と、NTTドコモ移動機開発部要素技術開発担当の石田正徳氏は話す。今後はNFC(近距離無線通信)にも対応させる計画である。
出典:日経コンピューター(2011.12.08)